旧美濃路で開催されているこのお祭り。
200年近い歴史があり、名古屋型と呼ばれる5両の山車が旧美濃路を行き来する祭りで、狭い沿道には2百軒を超える露天商がぎっしりと並んでいます。

頼公車(らいこうしや)
頼光車のからくり人形は、明治3年から4年にかけて当時の人形師、名古屋若宮横町の浅野新助をはじめとした浅野一統の人形師の手によって作られました。

からくり人形の題材は、源頼光が足柄山で金太郎(のちに坂田金時)に出逢い、彼の力自慢を見て家来の四天王のひとりに加わったという故事に因んだものです。

からくりの見所は、坂田金時が岩を担ぎ上げて車外に投げ飛ばすところで、
投げ出された岩に触ると病気せずに元気に育つという御利益があるといわれます。

紅塵車(こうじんしゃ)
今回撮影しておりませんが、王義之車と兄弟山車といわれています。
5両の山車のうち紅塵車だけが濃紺(紫)の幕を使用していました。
かつて尾張藩十代藩主の徳川斎朝公が西枇杷島まつりを上覧された折、お囃子が大層上手であったことに対する褒美として紫色の幕を付けて曳行して良いと許可を得たといいます。
但し紫色は当時高貴な色とされていたために色の呼称は「あやめ色」と呼んでいました。

後編に続く‥。